この世に私がいないということ
いま生まれた私
きっと今日は生きている

遠い昔、水の中にいた

この世に私がいないということ
 私は、生まれる前のことは覚えていない。つまり、自分がこの世に存在
しないという状態がかつてあったらしいが、そのときの私の記憶はない。
 そんな、自分がこの世に存在しないという状態を、すでに私は経験して
きている。
 死後の意識が生まれる前と同じなのだとしたら。恐れることはなにも
ないはずなのに。それでも怖くてたまらないのはなぜ?。
 
 私が死んだらその後は、また自分がこの世に存在しないという状態になる。
ただし、永遠に。
 もう二度と、自分が歩いてきた道を振り返ってみることすらできなくなる。

 私が生きていた時間のはるかに何倍もの時間が、私が死んでからも流れ
続ける。それは、無限倍なのだろうか。
 もしも、宇宙がそのうちに収縮しはじめて、宇宙のなかった頃と同じ
状態に戻るのであれば、やはりそれは有限倍なのだろう。
 それとも、宇宙がない状態でも、時が流れ、何者かの意識が存在するの
だろうか。

 私が生まれるまでにも、この宇宙に時間は流れていた。ビッグバンが
あったのだとしたら、それからどれぐらいの時間が経って、私が生まれ
たのだろう。
 私の一生は、宇宙の始まりから終わりまでの、そのどの辺りに位置する
のだろう。なんだか、死んでから宇宙が終わるまでのほうがはるかに長い
ような気がするから、死ぬのが怖くていやでいやでたまらないのだ。
 死んでしまえば、私にとって時間なんて何の関係もなくなるというのに。
 そして、宇宙すらもなくなれば、怖いという感情も、嫌だという意識
すらも存在し得ない。

 私にとっての宇宙は、結局、ほぼ私が生まれてから死ぬまでの範囲だ。

いま生まれた私
 いつ死ぬのかわからない。けれど、もう32年も生きてきたのは確か。
 96歳まで生きられるのであれば三分の一まで来たことになり、
64歳で死ぬのなら二分の一。いずれにしても私に残された時間は、
寿命から32年を引いたものなのだ。
 でも、いつ死ぬのかわからないのなら、あと60年生きられるかもしれ
ないし、もしくは明日死ぬかもしれない。それが誰にもわからない。
 ならばいっそのこと、自分に与えられた時間の32年分を使ってし
まったのではなく、いま、「いまから死ぬまでの時間」を与えられたのだ
と思えば...。
 何歳の人でも、「明日死ぬかもしれない」という点では同じだ。
 世の中に、生まれてから50年で生涯を閉じる人もいるけれど、さし
ずめ私は「いまから50年生きられる人」なのかもしれないよ。

 私は、昨日までの32年間の「前世」を記憶したまま、いま再び生ま
れたわけで。

きっと今日は生きている
 とりあえず、今日一日ぐらいは生きていられるだろう。
 もしも明日確実に死ぬということがわかっていたら、いまのうちにして
おきたいことがいっぱいあるし、とても時間が足りないということも明確
だ。
 死にたくない。けれど永遠に生きているのはどうか? 地球の最期を
私は見届けるつもりなのか。その、地球に最後があることだって認めたく
ないのだが。

 ところで、そんなずい分先のことを、私はこれから死ぬまで考えている
わけにはいかない。
「死を恐れる」ことしかしなかった人生を、誰が送りたいと思うだろう?
 とりあえず、今日一日生きていられるだけでもありがたいことだし、
そのありがたい今日を、死を恐れて身動きもできずに過ごすなんて、
そのほうがよほど耐えられないではないか。

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